アポストロフィーS

ワンワン!ワンワンワン!

マシュマロ通信 最終回 記念パピコ

 日曜日の日記、リンク元http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%B7%A5%E5%A5%DE%A5%ED%C4%CC%BF%AE?kid=37903からのアクセスがナゼか集中してる。なんでこんなに?? テレビ大阪制作のマイナーアニメなのに、はてなでは人気あるんだろうか?? そのワリにははてなでのちゃんとしたレビューとかって、あんまり見ないなあー。いや、ぼくが知らないだけかもしれないけども。
 最終回らしからぬ最終回。このまま来週も、またお話が続くかのような。実質の最終回は前回の「おやすみクラウド」だというのがファンの間での共通認識でしょうね。もっともこれは、大きいお友達に関してのアレですけど。
 小さいお友達的には、急に終わっちゃうなんて、なんで??どうして??ってコもやっぱりいると思う。番組再編成時期だとか、テレビ局ごとのメジャー度マイナー度など、そんな大人の常識なんて小さいお友達には関係ないし、わかんないもんね。
 それでもやっぱり、クラウドのおもちゃは食玩含め全然出なかったり(ゲーセンのUFOキャッチャーでとれるぬいぐるみがあったらしいけど目撃情報はほとんどハウステンボスのマシュマロタウンのみ…)、文房具の流通も微々たるものだったり、単行本はマイナー出版社から出てるから大きい本屋に行かないとない上にオールカラーだから高いし…。やっぱり大人の事情に巻き込まれちゃうよねえ。
 さらに言えば、土曜日曜の朝がアニメや特撮満載になるのって、子どもをテレビに釘づけにしとけば親が楽できるっていう、ホントに単純な真実もあるんですよねー。これすなわち需要と供給、セチガラい資本主義社会、大人の事情のサイたるモンですなー。
 そういう社会に住んでいるのがアナタでありワタシなんですよ。大人なら、むしろわかってて当然なこんなお話を、わざわざどうして書いているかというと、

  1. ぜんぜんわかってないクセに大人きどりでアニメや特撮に夢中の人間(つまりオレ)をバカにしてるヤカラに対してのイヤミ
  2. アニメや特撮に夢中の人間にありがちな社会的な断絶、ひきこもりを否定するものではないが、もう少しくらい広がりのある発言が増えてもよいのではないかと思ってて、一石と投じるため

 もしもこの社会に「閉塞感」が蔓延しているとすれば、それはワタシのせいでありアナタのせいなのだ。大人っていうのはそういうもんでしょ? それでもそれを自分のせいにするのは重い。そもそも自分一人ではどうにもならない状況であり、問題なのだから。
 街の風景は刻々と変わってゆく。巨大資本を後ろ盾にした店舗の群れが郊外ばかりか都市部にまで侵略してきて、地域の商店街を地馴らしするかのように同じような風景に変えてゆく。そのなんと暴力的なことか! やがてどこもかしこもどこかで見たような、均一化された風景がどこまでもどもまでも続いている社会。
 現場の具体性に対して想像力が圧倒的に欠落し、数値化しないと判断できない官僚主義が民間企業にまで浸透しきっている。上に立つ器だとか貫禄といったかつての人徳を有した人物の登場は、すでに望むべくもない。点数を稼げる優等生どもが世間体に身をすりつけてシッポをふっているだけなんだよ。「消費者のため」「視聴者のため」「お客様は神様です」なんて全部タテマエ、資本家のみなさんにお金を出してもらえる経営をしてかなきゃならないもんな。 すばらしきニッポン株式会社万歳! 日本のエスタブリッシュメントのみなさん、今日も保身のためのお勤め、ご苦労様です! お疲れ様です!
 かくして子どもたちは親との断絶の果てに、勉強やらお受験やらに囲い込まれ、遊び場はテレビゲームくらいしかなく、それさえもゲーム脳だとかバカな屁理屈をこねくりまわされて、楽しみを奪われてゆく。
 こんな社会で、アニメや特撮にどんな役割があるだろう? 想像できるかい? そうさ、だからとっても重要なんだよ。今すぐにでも考えなきゃいけないくらい重要なんだと思わない? ま、別に思わなくてもいいけどね。そこはあなたの自由ってことで。ぼくは考える。とっても重要だって思ってる。だから、こうやって、こんなヘンな、日記とも思えないような文章を綴っている。
 ぼくは、アニメや特撮は教育的でなくてイイと思ってる。啓蒙なんてしなくったってイイと思ってる。ただ、さびしいと感じている子どもがいるなら、その子にとっての慰めであってほしい。たとえその時だけでも、心から笑えるものであってほしい。子どもが誤った解釈をしていたら、大人がキチンと解説して訂正してあげれるのが理想だと思っている。それができない大人が、ドラマの意味も考えず、一表現だけをとりあげて目くじらをたてたり、クレームをテレビ局にいれたりするのは、大人げないことだと思う。
 子どもにとって、慰めや心から笑えるものならば、それは大人にとっても同様のものであるはずだ。ぼくにとって、プリキュアマシュマロ通信はそういうアニメだったし、これからもそうなのだ。