アポストロフィーS

ワンワン!ワンワンワン!

鈴木志保『船を建てる 上』『船を建てる 下』

船を建てる 上
船を建てる 上
posted with amazlet on 07.10.11
鈴木 志保
秋田書店 (2007/08/16)
おすすめ度の平均: 4.0
4 作品自体は星5つ


船を建てる 下
船を建てる 下
posted with amazlet on 07.10.12
鈴木 志保
秋田書店 (2007/09/14)
おすすめ度の平均: 5.0
5 パレードは続くべきなんだ


 この作品を教えてくれたのは、リチャード・ブローディガン好きのイラストレーターの女の子だった。今からもう十年以上も昔のことだ。
 ずっとずっと読みたいと思っていたのだけれど、この十何年間いろんなことがあったりなかったりして、気持ちはだんだんマンガを読むことから離れてしまっていた。いくえみ綾を読み続けることがなければ、ぼくは全くマンガを読まなくなってしまっていたかもしれない。
 だから、この作品は、これまで読む機会がなかった。というか、そもそも忘れてしまっていた。無理もない、なにせ、読んでいなかったんだから。
 それがついこないだ、たまたま立ち寄った本屋で、たまたま見つけてしまったんだ。まあその、少女マンガ的に言うと、運命ってヤツだろう。神様なんて信じちゃいないけど、もし神様がいるなら、ありがとうと言ってやらないでもない。
 この本は復刊ドットコムのおかげで復刊したものなんだそうだ。知っていれば、ぼくも一票を投じただろうか? それはわからないけれども、一票を投じてくれた方々、それから復刊に尽力した復刊ドットコムの担当の方々に、敬意を表さなくもない。
 ついでに蛇足で言うと、こんな物言いを許してくれるような人じゃないと、この作品の復刊に一票投じたりはしないと思うので、今日は平気でこんな口の聞き方をするのだ。


 今初めてこのマンガを読みながら思うのは、コーヒーを飲みたいと思った時に、飲める幸せについてだったりする…なんて書きながら実際口にしてるのは冷めたジャスミン茶だったりするのだけれどもまあいいや。飲んじゃえ。
 この十数年いろんなことがあったりなかったりしたけれど、時間がどんどん過ぎていくのは、そんなに悪いことでもないなと今は思う。
 ちっとも変わってない。ぼくも、世界も。
 そして、ほんのちょっとだけ変わってしまった人たちと、ほんのちょっとだけ変わってしまった世界を、ぼくは遠くから眺めている。ただただ呆然と。


 このマンガを読むと、こんなふうな文体の文章が書きたくなったりする。
 なんとなくだけど、村上春樹の小説が好きそうな人が好きになりそうなマンガだと思う。いや、村上春樹って、ぼくは『ノルウェーの森』しか読んだことないんだけどね? 村上春樹が好きだと言っていたid:dokoikoさんは、このマンガを読んだら気に入ってくれるだろうか?
 あと、高橋源一郎の小説が好きそうな人が好きになりそうなマンガだとも思う。いや、高橋源一郎って、ぼくは『さようなら、ギャングたち』と、『ジョン・レノン対火星人』と、『虹の彼方に』と、『ペンギン村に陽は落ちて』と、『惑星P‐13の秘密―二台の壊れたロボットのための愛と哀しみに満ちた世界文学』と、えーっと、それから、えーっと…とにかくそのくらいしか読んだことないんだけどね?
 『ジョン・レノン対火星人』を初めて読んだのはまだ中学生の時で、なんだかワケがわからないけれども切ないなあと思った。それが、今読み返すとものすごくよくわかるし、ものすごく切ない。泣きそうになる。
 たぶん、十数年前の若い頃にこのマンガを読んでも、なんとなく上っ面だけで判断して、そういうもんっていうカテゴリーに放り込んで満足してそうな、しかも、とりあえず評価しておけばOKなんじゃん?的ないやらしい自己顕示欲のためのカードにしちゃっただろうと思う。…なんつって、今こうやって書いてる文章も、そうなってる可能性が高いのだけれども。でも、それでもね。今は、少しはそうじゃない場所で、書いている。たぶん、ほんのちょっとだけだろうけど、そうじゃない場所で、そうじゃない気分で。
 なんでさ?ってきかれたら、時間が流れたからさって答えるよなんて考えてるうちにお湯が沸いてまたジャスミン茶を淹れてしまったコーヒーだったよって思ったけど、まあいいや。飲んじゃえ。
 この十数年いろんなことがあったりなかったりしたけれど、時間がどんどん過ぎていくのは、そんなに悪いことでもないなと今は思う。
 ちっとも変わってない。ぼくも、世界も。
 そして、ほんのちょっとだけ変わってしまった人たちと、ほんのちょっとだけ変わってしまった世界を、ぼくは遠くから眺めている。ただただ呆然と。