アポストロフィーS

ワンワン!ワンワンワン!

梨木香歩『裏庭』

裏庭
裏庭
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梨木 香歩
新潮社 (2000/12)
売り上げランキング: 13,459

 さて、やっと、やあああああっと! 読み終わりましたとも。これ、前にも書いたけど結構重いテーマをちゃんと扱っていて読み過ごせないカンジだったので、キチンとていねいに読んだつもり。この本にもしコピーをつけてイイと言われたら、ぼくなら新潮文庫版の343㌻14行目にあるこのフレーズをまっさきに挙げる──

 ──私はいつだって世界の外にたったひとりでいた。

 主人公の女の子は、これを心の中でつぶやくのだけれども、ちょっと、声に出して読んでみてよ。きっと、泣きたくなるから。泣きたくならないまでも、さびしくてさびしくてどうしようもなくなるから。そのくらい強力なフレーズだとぼくは思ったよ。世界の外に、たったひとり! それを、自分で認めて心の中でポツンとつぶやかざるを得ない状況だよ? これで途方に暮れないでいられるとしたら、そりゃよっぽどニブいんだと思う。*1
 このフレーズのとおり、主人公の女の子が世界から疎外されている状況がすらすらと並べらるのがこの物語の冒頭部分。主人公は小学生高学年か中学生くらいの女の子なのだけど、両親は共働きでレストランをやっている。双子の弟がいたが6年前に他界し、以来ウチの中で弟の話はタブーになっている。
 知恵遅れのあった弟は、両親にかまわれていたし、幼い自分も弟の世話をいつもしていたけど、そんな弟に対して軽い嫉妬もあった。弟が死んでからは、両親は逃げるように仕事に没頭し、主人公はよけいに孤独を深める。そんなこともあって、近所の友達のおじいちゃんと親交を深めたりするようになった。
 家の近所に「バーンズ屋敷」と呼ばれる古い洋館があって、そこが子どもたちの、なんつーの? いわゆる秘密基地っつーか、度胸試しの場所っつーか、とにかく魅力的な昆虫の宝庫だったり、ジャングルのような庭があったり、子どもたちに必要な遊び場だったんだよ。
 唯一きちんと話しかけてくれる大人=おじいちゃんから聞く、さまざまな話。自身の戦前の体験や、戦前に民話採集で学校の先生といっしょにまわった時のこと、その民話や、本で読んだふしぎな話などなど。その中にふとバーンズ屋敷のことも出てくる。大きな鏡から行けるふしぎな「裏庭」の話…。
 ある日おじいちゃんが倒れて危篤状態であることを知った主人公は、上のフレーズのような気持ちをかみしめながら家に帰る。そこで、たまたま早く帰ってきた母親から、バーンズ屋敷が取り壊される予定だと聞く。主人公はこれで、決定的に世界が壊れるような気持ちになってしまうのだね。なぜならば、「ちっこい世界だけど あたしらのほとんどすべて*2」だからだ。
 母親に、一か八かでバーンズ屋敷の話をしようとした主人公だったが、英会話教室へ行くようせかされてしまう。どんよりした気持ちのまま、主人公は英会話教室へは向かわず、バーンズ屋敷にたどり着いてしまうのだった…。

 とまあこんな調子であらすじ書き出すと、浜村純になってしまうのでやめますけどね。このあとファンタジーパートを織り交ぜながら物語は進んでいくのです、紆余曲折しながらね。とにかく巧みなんですよー、なのにあざとくないの、書き方が。
 文体をけなす人もいますけど、これはこれでイイと思う。ちょっと児童文学にしては熟語使いが多いなって、たしかにそこは気になるけど、ひとつひとつをわかりやすい表現に直してたら、この小説の場合ダメになると思う。まず重さがなくなるだろうし、その分読者の読むスピードが、作者が読んでほしいと思ってるスピードと違ってきてしまうんじゃないかな?
 重層的な構造も読み応えあるし、設定に込められたメッセージもビビットに伝わってくる(わかりやすすぎる気もするけどね〜)。一応言っとくと、80年代子ども論への返答というかまとめになってますよね? そのあたり、いとうせいこうノーライフキング』あたりとの比較論を誰かが書いてそうだけど、どうだろう?
 とにかく、上のフレーズにビッとくる人なら大推薦! ぜひ読んでみて。

*1:ま、ニブさが強さだったりはしますけどね?

*2:いくえみ綾『プレゼント』より引用