大島弓子『草冠の姫 (サンコミックス・ストロベリー)』
- 作者: 大島弓子
- 出版社/メーカー: 朝日ソノラマ
- 発売日: 1982/10
- メディア: コミック
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御堂筋の裸だったいちょう並木に、緑の点みたいのがポツンって出てきたかと思うと、赤ん坊の手のひらのような、ちっちゃいちっちゃいかわいい葉っぱ。それが、だんだんだんだん大きくなって、あたたかい太陽の光を浴びて、キラキラと輝いてる。少し冷たい風に吹かれて、そよそよとなびいている。
そんな風景が、あっちにもこっちにもある。芽吹きの季節。その生命力に圧倒されまくってます。見ているだけで、とても気持ちいいのです。そうして心の中で、↓のフレーズがヘヴィローテーション。
聞いたか
新緑よ
彼女は
まだ花をつけていない
草の冠を
かぶっていたんだ
この本はとても古い本で、ぼくはもちろん古本屋で買った。いつだったろう? ハタチを過ぎた頃だ。フレーズのまぶしさにクラクラしながらむさぼり読んだ。とにかくさりげない名フレーズが満載で、大島弓子好きはたいていまずそこにハマる。それがあのかわいい絵といっしょに並べられているだけで、もう胸がいっぱいになる。
最初は読みにくい。ほとんど何が描いてあるのかわからないくらいなのだ。セリフがフキダシからはみだしそうだし、実際にはみだしているのだから。コマの読みすすめ方も最初はかなりとまどった。どの文章から読んでいいのか迷ってしまうのだ。そうなるとマンガの中の時間を追えなくなってしまうから、読み手はそこでメゲてしまう。*2
しかし、今一度じっくりと彼女の描く絵を見返してみてほしい。ページの中の一コマに花が描かれると、風に舞う花びらがそのページ一面に散りばめられていたりする。さらに、背景に描かれてる樹々の美しさ。そこに置かれる絶妙な詩的フレーズ。その雰囲気が好きになれたらもうしめたもの。あとはその雰囲気にあった速度を見つけ出して、むさぼり読めばよいのです、若いころのぼくがそうしたように。
一晩ベッドを共にしたらさよならの約束、そんなことを言って女の子をナンパしまくるプレイボーイの大学生・貴船くんが主人公。ひょんなことから知り合った妙ちきりんな女の子・桐子ちゃんをめぐって、物語は、オカルト的にというべきか、推理小説的にというべきか、コミカルにというべきか、とにかく進むのです。
貴船くんにさそわれて、彼の部屋にやってきてしまった桐子ちゃんでしたが、隙を見てブランデーを湯のみで一気飲み。泥酔して、そのまま爆睡コースです。その後に、貴船くんのこんなフレーズ↓
しかし
まあ…
この寝顔
まるで子どもだな
うん…
3歳まえの子どもって
こういう顔してるんだ
言葉なんて
かけられないで
思わずみとれて
しまう気高さだよね
どうして
3つまえで
こういう顔が
できるのだろうって
ぼくはいつも
おいやめいを見て
思ったよ
どうして
なんだろう
なあ
詩的、というのはもはや間違っている。これは詩です。それも美しい詩です。この作品を何度か読めば必ずわかると思うけれど、これは人が恋に落ちる瞬間に詠まれた詩なのです。だからこんなにも美しいのです。
プレイボーイが遊びと割り切って女の子をナンパしまくり、単位のためなら教授とだってと両刀気取り。そんな男の子の心の中に、ポツリを宿った恋心なのですね。神聖な寝顔に心奪われ、ナンパをして別な女の子と寝ても、ベッドの中であの寝顔を待望してしまう。
ちがう
……
あの顔じゃない
…ネタばれにしないため、あえて全貌を書かないように書いてますけど、これ大島弓子作品としては格段に読みやすくわかりやすいと思う。推理小説的に再構成し直した『バナナブレッドのプディング (白泉社文庫)』というべき内容なので、それも当然か*3。特に男の子におすすめです。というか女の子は基本的に必読なんで、言わずもがなってことです。それが古典の古典たるゆえんなので。あしからず。