アポストロフィーS

ワンワン!ワンワンワン!

大島弓子『草冠の姫 (サンコミックス・ストロベリー)』

草冠の姫 (サンコミックス・ストロベリー)

草冠の姫 (サンコミックス・ストロベリー)

 もうすぐ5月なので、この季節にピッタリのこの作品を取り上げます*1
 御堂筋の裸だったいちょう並木に、緑の点みたいのがポツンって出てきたかと思うと、赤ん坊の手のひらのような、ちっちゃいちっちゃいかわいい葉っぱ。それが、だんだんだんだん大きくなって、あたたかい太陽の光を浴びて、キラキラと輝いてる。少し冷たい風に吹かれて、そよそよとなびいている。
 そんな風景が、あっちにもこっちにもある。芽吹きの季節。その生命力に圧倒されまくってます。見ているだけで、とても気持ちいいのです。そうして心の中で、↓のフレーズがヘヴィローテーション。

聞いたか


新緑よ


彼女は
まだ花をつけていない
草の冠を
かぶっていたんだ

 この本はとても古い本で、ぼくはもちろん古本屋で買った。いつだったろう? ハタチを過ぎた頃だ。フレーズのまぶしさにクラクラしながらむさぼり読んだ。とにかくさりげない名フレーズが満載で、大島弓子好きはたいていまずそこにハマる。それがあのかわいい絵といっしょに並べられているだけで、もう胸がいっぱいになる。
 最初は読みにくい。ほとんど何が描いてあるのかわからないくらいなのだ。セリフがフキダシからはみだしそうだし、実際にはみだしているのだから。コマの読みすすめ方も最初はかなりとまどった。どの文章から読んでいいのか迷ってしまうのだ。そうなるとマンガの中の時間を追えなくなってしまうから、読み手はそこでメゲてしまう。*2
 しかし、今一度じっくりと彼女の描く絵を見返してみてほしい。ページの中の一コマに花が描かれると、風に舞う花びらがそのページ一面に散りばめられていたりする。さらに、背景に描かれてる樹々の美しさ。そこに置かれる絶妙な詩的フレーズ。その雰囲気が好きになれたらもうしめたもの。あとはその雰囲気にあった速度を見つけ出して、むさぼり読めばよいのです、若いころのぼくがそうしたように。
 一晩ベッドを共にしたらさよならの約束、そんなことを言って女の子をナンパしまくるプレイボーイの大学生・貴船くんが主人公。ひょんなことから知り合った妙ちきりんな女の子・桐子ちゃんをめぐって、物語は、オカルト的にというべきか、推理小説的にというべきか、コミカルにというべきか、とにかく進むのです。
 貴船くんにさそわれて、彼の部屋にやってきてしまった桐子ちゃんでしたが、隙を見てブランデーを湯のみで一気飲み。泥酔して、そのまま爆睡コースです。その後に、貴船くんのこんなフレーズ↓

しかし
まあ…
この寝顔


まるで子どもだな
うん…
3歳まえの子どもって
こういう顔してるんだ


言葉なんて
かけられないで
思わずみとれて
しまう気高さだよね


どうして
3つまえで
こういう顔が
できるのだろうって


ぼくはいつも
おいやめいを見て
思ったよ


どうして
なんだろう
なあ

 詩的、というのはもはや間違っている。これは詩です。それも美しい詩です。この作品を何度か読めば必ずわかると思うけれど、これは人が恋に落ちる瞬間に詠まれた詩なのです。だからこんなにも美しいのです。
 プレイボーイが遊びと割り切って女の子をナンパしまくり、単位のためなら教授とだってと両刀気取り。そんな男の子の心の中に、ポツリを宿った恋心なのですね。神聖な寝顔に心奪われ、ナンパをして別な女の子と寝ても、ベッドの中であの寝顔を待望してしまう。

ちがう
……


あの顔じゃない

 …ネタばれにしないため、あえて全貌を書かないように書いてますけど、これ大島弓子作品としては格段に読みやすくわかりやすいと思う。推理小説的に再構成し直した『バナナブレッドのプディング (白泉社文庫)』というべき内容なので、それも当然か*3。特に男の子におすすめです。というか女の子は基本的に必読なんで、言わずもがなってことです。それが古典の古典たるゆえんなので。あしからず。

*1:この単行本は短編集で、表題作の他に『ハイネよんで』『ヨハネがすき』『いたい棘いたくない棘』が収録されています、いずれも名作ぞろい。

*2:くらもちふさこや、その影響下にある紡木たくいくえみ綾ら別マの作家の作品にも同じことが言えると思う。

*3:他に関連作としては同時収録の『いたい棘いたくない棘』でしょう。「ごめんね/かんむりを/とりにきたよ」