引用
なじめなくなつたきみの風景が秋になる
きみはアジアのはてのわいせつな都会で
ほとんどあらゆる屈辱の花が女たちの慾望のあひだからひらき
街路をあゆむのを幻影のやうにみてゐる
きみは妄想と孤独とが被害となっておとづれるのをしつてゐる
きみの葬列がまへとうしろからやつてくるのを感ずる
きみは廃人の眼で
どんな憎悪のメトロポオルをも散策する
きみはちひさな恢復とちひさな信頼をひつようとしていると
医師どもが告げるとしても
信じなくていい
きみの喪失の感覚は
全世界的なものだ
にんげんの大きな雪崩にのつてやがて冬がくる
きみの救済と治癒とはそれをささえることにかかつてゐる
吉本隆明『転位のための十篇』「分裂病者」より(『吉本隆明初期詩集』収録)